相対加速度的

2018年05月22日

以前ブログで相対という事に触れてみた。

自己が存在してこそ相対的に環境や周りがある。よって、自分の周りの環境や人々など自分に関係してくるものすべてが、自己の内側の相対として現れている。

 

私は私を取り巻く方々に支えられて生きている。皆さんお1人お1人私に対する印象は違うと思う。言い換えれば、皆さん自身が私の印象を決めている。それは私が思っている私とも違う。個々の感じている環境や人たちは、その個人特有のもので共通していない。それは、自身の写し鏡のような相対という形で表れてくると認識できると思う。

 

新人社員さん2名が4月から入社してくれた。

雰囲気が変わるよ!と言ってくれた方々はとても多かったのだが、雰囲気という周りの変化にとらわれがちだが、変化した環境が刺激を与え、それに起因した自己内発的な変化が色々な社員さんたち個々の中で起こっていると気づいた。

それは、個々の安心や安定、勇気や決意など泥で埋まっていたものが少しだけ顔を出し、自己のやりたい事や本質を確認できる可能性を秘めている。

私自身も2名の新人だけではなく、自己内発が起こっている社員さん達と触れるに当たり、組織の変化の加速度が上がっていると体感している。

私が社員さんにお願いしたことが動いているのか動いていないのか分からず、再確認を怠ったら動いていないという事が多かったのだが、希望を伝えるだけで翌日に動いていたり、またそれがはっきりと見えるようになったりと社内の見える景色が明らかにスピードアップしているのである。

 

相対加速度を個々や組織に感じる。

 

激しく変わる環境変化のスピードに目をやられ、組織は知らず知らずのうちにそれを見ない状態に陥ってゆく。しかし個々の相対加速度が上がれば、相対的に見えている環境変化の速度を激しく変わると感じなくなるところまでゆくのではないであろうか。

立ち止まって見れば時速70キロの速度の車は70キロで駆け抜ける。自身が時速50キロで走っていれば20キロの速度にしか見えないのである。

 

眼を開けて皆が環境変化スピードをそれほど激しいと感じなくなる日が訪れる予感をかみしめている。